正常咬合の概念の変化
2024.05.22コラム
矯正治療の目的、ゴール変容に伴う正常咬合の概念の変化
日本と同じように米国でも多くのページを割いて正常咬合を詳述していた時代があった。しかし、現在の歯科矯正学の成書では、Hellman らの解剖学的な接触点などを引用して正常咬合を述べている本はほとんどみられない。また、動的な咬合である下 運動機能から正常咬合を捉えようとする傾向もほとんどみられない。
その理由の一つに矯正治療の目的、ゴール、目標の変容を挙げることができる。
従来の治療ゴール、目標である「Malocclusion(不正咬合)を Normal occlusion (正常咬合)にする」では、Malocclusion(不正咬合)やNormal occlusion (正常咬合)
を明確に定義し、それらを達成するために治療ゴール、治療目標を具体的に示す必要がある。模型、セファロなどの分析結果から正常咬合としての範囲を設け、その範囲内(±1SD)に治療到達目標を設け、その目標達成のために可能な限り上下顎歯列の咬合関係を理想的することとされてきたと言える。当時は、数値目標が掲げられることから科学的で、論理的であると考えられていた。
しかし、社会の医療に対する受け止め方の変化、矯正治療の特殊性、矯正治療の正義が見直されたこと、患者参画型の問題志向型医療へのパラダイムシフト、生物学的な研究から顎関節構成体の外力応答性、適応・順応能力の高いこと、などから矯正治療の目的、あるいはゴールは従来の上下顎の歯と歯の関係に囚われた咬合関係から大きく変容し、矯正治療の目的は、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも心身の健康の向上、増強、増大を図ることを目指すこと」とし、治療のゴールは、「健康志向、生活の質を充実、増強するために beyond normal、better thanwel1 に顎顔面、および歯列咬合にすること」とするような傾向に変わった。
その結果、患者ひとり一人に相応しい到達目標を具体的に明示するためにプロブレムリストを作成し、問題点を明確にし、患者の要望する問題点の解決に重きを置くような治療戦路、治療戦術が立案されるようになり、概念的な正常咬合の必要性がなくなったと言える。
Proffitは、『Contemporary Orthodontics』の初版から「Normal occlusion」の項目を特に設けてはいない。単に、Angle の言う Normal occlusion の概念に、心理社会的、生命倫理的な側面から審美性や治療後の咬合の安定性に強く影響を与える軟組織への配慮を一層強調した咬合を治療ゴールとすると記述している程度である。
しかし、これは、上下顎列の咬合関係、特に解剖学的な接触関係を軽視していると言うことではない。多くの正歯科医は、Angleのいう上下額第一大臼歯の[Ⅰ級と
Line ofocclusionが理想咬合になるための(大前提)絶対必要条件となることを臨床経験の中で実感し、それ以上の接触関係等については、個々の症例のプライオリティ(優先順位)によって判断すべきと考えていると言える。しかし、ABO (AmericanBoard of Orthodontics) や The Angle Society での資格試験では、治療後の矯正用診断横型での厳しい解剖学的な接触関係の評価が課せられている。これは、前述した Hellman らの言う解剖学的な接触関係が後述する理想咬合の獲得にとっていかに重要性なものかを示している例である。そして、これらの試験では、理想咬合を獲得するための論理的、技術的な治療戦、治療戦術を持ち合わせているかが評価されることになる。治療のゴール、治療の目標は、症例、症例で異なるが、beyond normal,better than normal求め形態的な理想咬合が求められる場合には、それに呼応した対応が求められることは言うまでもない。
監修 葛西ジェム矯正歯科